平安時代

平安時代の貴族たちはどんな暮らしをしていたの?

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平安時代は貴族が大活躍した時代です。

藤原道長などが政治の実権を握り、支配していたりしていましたよね。

貴族は庶民に比べて位が高く、とても優雅な生活をしていました。

果たしてどんな暮らしを送っていたのでしょう?

平安時代大好き歴史マニアの私が、平安時代の貴族の暮らしを解説していきます!

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そもそも貴族ってどうやって生まれたの?

貴族とはその言葉通り、尊ばれるべき人たちということです。

つまり、一般庶民にくらべて位が高い人ということになります。

そもそも貴族というのはいつごろから出てきたのでしょうか?

具体的な呼び名が登場するのは、701年に制定された大宝律令からです。

五位までの官位のものたちを「貴」という言葉で読んだことから、「貴族」という概念が誕生したと考えられています。

それまでは氏族や豪族、天皇家の親族といった身分の表し方をしていましたが、大宝律令以降は全てをひっくるめて貴族と言うようになったのです。

貴族という言葉や身分について知っていても、そう呼ばれるようになった背景まで理解している人は意外に少ないのではないでしょうか。

私も貴族ってお金持ちで、すごい人なんだろうなあという漠然としたイメージしかありませんでした。

さて次は、平安時代の貴族たちが暮らしていたお屋敷について見ていきましょう。

 

貴族はどんなところに住んでいたの?

平安時代には遣唐使が廃止され、日本古来の美的感覚をもっと盛り上げようという気運が高まっていました。

そうした背景から、国風文化が生まれます。そして、住居などの建築物もこの文化が影響されました。

貴族の中でも特に位の高い者たちは、「寝殿造」という特別な屋敷に住んでいました。

南向きの縁起や日当たりの良い好立地に寝殿を配置し、家長となる男性が主に暮らしていました。

東対、西対、北対と小振りな建物を行き来するため渡り廊下が敷かれ、月宮釣りをするための釣殿と呼ばれるものが設置されていました。

これは今でいうところのバルコニーにあたるものです。

情緒あふれた庭を存分に楽しむことができる造りでした。

寝殿造りは現代においても文化遺産として多数残されていますので、興味のある方は直接現地に行って、見てみるのがおススメです。

 

貴族たちの一日のスケジュール

平安京で暮らす人々の朝はとても早いです。

貴族たちも、もちろんちゃんと仕事をしていました。

というのも、平安時代の貴族というのは今で言うと政治家や公務員にあたります。

仕事としてはお役所である宮中に勤務し、国政に関わることや事務的な雑務をしていました。

現代の政治家や公務員とは違って、当時の貴族たちはそれほど仕事熱心とは言えないものでしたが…

貴族の一日の始まりは御所の扉が開く合図である開諸門鼓(かいしょもんこ)の音で始まるのですが、開門時間は午前3時。

現代人の感覚では「朝早い」というよりも、「夜遅い」に近いかもしれませんが、貴族たちはこの合図を目覚まし代わりにして起きます。

そして目が覚めると、まず「占い」を行います。

平安時代は生活の中に占いが組み込まれている事が当然だったため、目が覚めたら星の名前を7回唱えるのです。

それから星、暦、鏡に映った自分の顔をチェックし、今日一日の吉兆を判断。

あまりに運勢が悪いと出た場合は、仕事を休み一日家の中で過ごす事になりますが、職場で怒られる事はありません。

今だったら確実に上司に怒られて、クビですね。

その後は昨日の出来事を中心に日記を書き、朝食や歯磨きを済ませ、午前6時にはメインの扉が開く合図が聞こえてくるので、出勤。

事務仕事や天体のチェックや占いなど、自身の職場で4時間ほど仕事をすれば、お昼前には帰宅できます。

午前中にすべての仕事は終了し、お昼から寝るまでの時間は自由に過ごして構わないという、朝が早いもののゆったりとした生活サイクルでした。

さすがは貴族の生活、ゆったりと過ごされていたんですね。

 

貴族たちはどんな遊びをしていたの?

役人としての仕事をこなし、贅沢を極めた貴族たちですが、意外なことに彼らは体を動かす遊びが好きでした。

特に枕草子に記述がある、「小弓」と呼ばれる遊びは人気でした。

これは現代でいうところの、射的です。

室内でできる娯楽で、小さな小弓を使ってつり下がった布の的に当てるといったゲームです。

子供用の雀小弓というものもあったようですので、老若男女が楽しめる定番の遊びだったと推測できます。

また、蹴鞠も平安貴族の定番の体を動かす遊びですね。現代でもイベントなどで行われることがあります。

これは足で鞠を上空に蹴りあげて、相手につなぐという遊び。

一見、無作為に蹴っているようにも見えますが、実はお約束ごとがあります。

三足蹴りと呼ばれるもので、一回目は相手から受け取り、二回目は体勢を整えたり蹴りあげることを楽しんだりし、そして三回目が次の人につなげるための動作となります。

他にも、足の裏を見せるとマナー違反であったり、近くにある木の枝よりも高く蹴り上げる必要がある、といった細かいルールがあります。

競技ではないので勝ち負けといったものは存在しませんが、相手に渡す三足目の蹴りが良くないと仲間から失笑されてしまうそうです。

 

まだまだある平安時代の遊び

現代にもほぼそのままの形で継承されている遊びがあります。

たとえばコマは、今でも子どもたちに遊びとして親しまれています。アジア諸国で広まった遊びですが、日本には中国を通して輸入されてきました。

また、石投という遊びは今でいうところのお手玉の原型です。その名の通りいくつかの石を地面において、一つを空高く放り上げる遊びです。

それが落ちてくる間に足元の石を拾って放った石もキャッチする、というルールとなります。

また、意外にも平安時代にはジオラマを造るという遊びもありました。

州浜と呼ばれるもので、台の上に砂浜を作り自然の風景を生み出すというものです。

もともとは装飾として用いられて、プレゼントとして喜ばれるものでしたが、徐々に趣味の遊びとして楽しむ人が増えてきたとされています。

国風文化によって日本人独自の文化が花開いた平安時代ですが、それを象徴するような遊びと言えるでしょう。

 

貴族たちはただ遊んでいるだけではなかった?

 優雅でまったりとした生活を送っていた平安貴族ですが、彼らにとっては仕事以外の自由時間こそが大切な部分だったと言えます。

現代でいうところのアフターファイブですね。

平安時代は貴族社会ですので、いかに成り上がっていくかが大切です。

教養を身につけ、かつ社交的であることが、ある意味一番大切なビジネススキルだったのです。

そのため、空いた時間には和歌を詠んだり、蹴鞠を蹴ったり、月見をしたりと、一見遊んでいるように見えて実は自分磨きをしていたわけです。

また、当時の貴族にとって文字の読み書きや音楽といったものは、自分の価値観を高める教養の一つとして考えられていました。

宮中の儀礼の際や年中行事としてこれらが行われることも多く、人を楽しませる技能に長けた人こそが出世に一番近い人でした。

遊びといえども自分の将来の地位に影響する、自分磨きのための学びでもあったわけですね。

意外な真実です。

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貴族たちは実はとっても汚かった⁉

平安京は碁盤の目状に道路が敷き詰められ、建物も一定の基準によって建てられた計画的都市です。

非常に綿密な計算の元で都市計画が行われ、平安時代の技術や文化の粋を集めて作られたことは間違いありません。

しかし、衛生面に関しては前時代的と言えるものでした。特にトイレに関してはかなりおそまつなものだったようです。

すでに奈良時代において原始的な水洗トイレが存在していたにも関わらず、平安京にはそれがなかったのです。

そのため、ある路地には庶民の排泄物が集まってしまったり、華やかなイメージのある貴族ですらポータブルトイレにて用を足したりしていたのです。

平安京は衛生環境という観点においては、あまり良い時代ではなかったのです。

 

貴族は風呂が大嫌いだった⁉

今でこそ入浴が大好きな日本人ですが、平安時代の特に貴族には湯船につかるという習慣がなかったと言われています。

そのため、貴族の身体周りはいつも「不衛生」だったと考えられており、特に女性はたくさんの着物を着込んでいるため、身体が垢まみれであり、白い粉(垢)が衣類に付着することもあったそうです。

ちなみに当時お香が文化として根付いていた背景には、不衛生からくる体臭をごまかす目的もあったようです。

ではなぜ、貴族たちは入浴を嫌っていたのでしょうか?

これは当時の占いによって吉兆を決める風習が関わっています。

縁起が悪い日に入浴をし、垢を落とすことで「毛穴に邪気が入る」と考えが貴族の中にはあったのだそうです。

また、風呂に入らない貴族達が身体を洗う機会は「禊(みそぎ)」の際の水浴がメインでした。

これは神仏へ祈りを捧げる際に行われるお清めの儀式のようなものなので、実際には入浴とは目的が違っていたようです。

お風呂に入らないのにはちゃんとした理由があったのですね。

でもやっぱりお風呂に入らないのは不潔ですし、今じゃちょっと信じられません。

これも意外な真実でした。

 

 

まとめ

  • 貴族たちは仕事があったものの基本的には優雅な暮らしをしていた。
  • 貴族として成り上がるには、遊びを大切にし、教養を身につける必要があった。
  • 貴族は雅なイメージがあるものの、実は占いにやってお風呂に入る日を決めるため、実はとても不潔であった。

 

というのが、今回のまとめです!

調べてみないとわからない真実が盛りだくさんでした。歴史を知るってやっぱり面白いですね。

今回は平安時代の貴族の暮らしについて、解説させていただきました!

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