江戸時代

新選組の最強は誰だ!?沖田総司や斎藤一がやっぱり強かったのか?

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[voice icon="https://rekisi-omosiroi.com/wp-content/uploads/2018/05/2018-05-27_21h45_18.png" name="万 利休" type="l"]新選組といえば、パッと思い浮かぶのは沖田総司とか斉藤一だよね。有名ってことはやっぱりかなりの強さだったのかな?[/voice]

[voice icon="https://rekisi-omosiroi.com/wp-content/uploads/2018/05/1037518.jpg" name="天草 ゴロー" type="r"]るろうに剣心だとかなりの強さだったけど、実際どうだったんだろうね?[/voice]

幕末に活躍した新選組。京都の警護のために募集された組織ですから、腕に覚えのある浪士ばかりが集まっています。ところで、その中での最強は誰なんでしょう?

沖田総司とか、斎藤一の名前は有名ですね。やっぱり、この二人が強かったんでしょうか?この二人が対決したら、どっちが勝ったのでしょうか?

現役のスポーツ選手の場合でも、実力伯仲の人たちの勝敗を予想するのは難しいところですが…。詳しく見てみましょう。

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部門ごとの最強を見てみよう

[voice icon="https://rekisi-omosiroi.com/wp-content/uploads/2018/05/2018-05-27_21h45_18.png" name="万 利休" type="l"]新選組に一刀流だけじゃなくて、色んな武器の使い手がいるよ[/voice]

さて、最強と言ってもいろいろあります。新選組の強さは剣だけではありません。

  • 砲術
  • 槍術
  • 柔術
  • 二刀流

で、それぞれエキスパートの隊士がいました。まずは、部門ごとの「最強」を見てみましょう。

 

砲術部門の最強:阿部十郎

砲術と言えばこの人、阿部十郎です。新選組では砲術指南をしていました。鉄砲や大砲の射撃の専門家です。いくら剣が強くても、遠くからドカーンとやられればかないませんね。

阿部十郎は、途中で新選組を離隊しました。その後、新選組と敵対して闘っています(油小路事件)。この時、近藤勇を狙撃。右肩に重傷を負わせました。

 

槍術部門の最強:原田左之助

槍術と言えばこの人、原田左之助です。種田流または宝蔵院流槍術免許皆伝の腕前。十番隊組長でした。槍は剣が届かない距離から攻撃できるので、有利ですね。

原田左之助は、新選組の主だった戦闘(芹沢鴨らの暗殺・池田屋事件・禁門の変・油小路事件など)で活躍。槍の優位性を発揮しています。

 

柔術部門の最強:松原忠司

柔術と言えばこの人、松原忠司です。流派は関口新心流。柔術指南で、四番隊組長でした。何も持たない丸腰であれば、この人が最強でしょう。

とても柔和で温厚な人柄だったそうです。「柔よく剛を制す」ですね。

[voice icon="https://rekisi-omosiroi.com/wp-content/uploads/2018/05/1037518.jpg" name="天草 ゴロー" type="r"]武器なしで戦わせたらきっと最強は松原忠司だね[/voice]

 

二刀流部門の最強:服部武雄

二刀流と言えばこの人、服部武雄です。流派は不明。服部武雄の名前を知ってる人は少ないかもしれません。でも、新選組に詳しい人たちの中では、部門に関係なく服部武雄が最強だと言う人がいます。大柄で剛力の上に、剣術、槍術、柔術に関しても相当の使い手だったからです。

服部武雄は、砲術部門最強の阿部十郎と一緒に離隊しています。新選組と敵対して闘った時には30人もの隊士に囲まれました。服部は一人で大暴れし、一緒に行った仲間を逃がしました。孤軍奮闘の末、二十数カ所を斬られ絶命するまで、10人以上の相手に傷を負わせています。

事件後の現場を目撃した桑名藩士の証言によれば「手に両刀を握ったままで敵に向かって大の字なりになって斃れて居られた」そうで、「服部氏の死状は最も物美事(もののみごと)」と褒めています。

[voice icon="https://rekisi-omosiroi.com/wp-content/uploads/2018/05/2018-05-27_21h45_18.png" name="万 利休" type="l"]あまり知られていないけど、総合的な強さだったら服部武雄がかなりの順位かも・・?[/voice]

 

剣術部門の最強は?

さて、誰もが知りたいのは、一刀流の剣術部門でしょうね。新選組の隊士の強さを比較した証言がいくつか残っています。まずは、砲術部門最強の阿部十郎の証言を聞いてみましょう。

(1)阿部十郎の証言

一に永倉、二に沖田、三に斎藤の順

なるほど。やはり、沖田総司と斎藤一が出てきましたね。

では、阿部十郎から一番と言われた永倉新八の証言も聞いてみましょう。

 

(2)永倉新八の証言

「(沖田には)土方歳三、井上源三郎、藤堂平助、山南敬助などが竹刀を持っては子供扱いされた。恐らく本気で立ち合ったら師匠の近藤もやられるだろうと皆が言っていた」

沖田と、土方歳三や近藤勇を比較しています。やはり、沖田は強いようですね。

同じく永倉新八が、沖田と斎藤を比較した証言があります。

 

(3)永倉新八の証言

沖田は猛者の剣、斎藤は無敵の剣

うーん、「猛者」と「無敵」はどっちが強いんでしょう…。

[voice icon="https://rekisi-omosiroi.com/wp-content/uploads/2018/05/2018-05-27_21h45_18.png" name="万 利休" type="l"]猛者たちの口から必ず沖田の強さが出てくるね[/voice]

[voice icon="https://rekisi-omosiroi.com/wp-content/uploads/2018/05/1037518.jpg" name="天草 ゴロー" type="r"]猛者たちの証言から沖田が相当の使い手だったのは分かります。[/voice]

 

土方歳三は弱いの?

最強と思われる3人に行く前に、土方と近藤について見てみましょう。

「鬼の副長」と呼ばれていた土方歳三。その土方が若い沖田から子供扱いされていたというのはイメージできないです。土方も、近藤勇や沖田総司と一緒の天然理心流を習っていましたが、どういうことでしょう?

土方は若い時に薬の行商をしつつ、各地の剣術道場で他流試合を重ね、修行を積みました。そのせいで様々な流派のクセが取れず、正統な技術が身につきませんでした。

でも、路上での実戦は滅法強かったと言われています。例えば、斬り合いの時に足下の砂を相手にぶつけてひるんだ隙に斬り伏せたり、首を絞めて殺したり。戦場でも常に最前線で戦っていましたが、斬り殺されることはありませんでした

道場で竹刀を持って戦う場合の強さと、実戦での強さというのは違うということですね。スポーツの場合も、練習では弱いけど本番ではメチャクチャ強いという人いますよね。土方は多分そのタイプですね。

 

・局長の近藤勇は?

局長の近藤勇はどうだったのでしょう。剣術は天然理心流宗家四代目。証言によると、沖田総司の方が上ということですが。

しかし近藤も、並々ならぬ腕を持っていたようです。池田屋事件では果敢に敵の中に飛び込み、多くの仲間が傷つき脱落する中で、最後まで残ったのは永倉新八とたった2人。永倉新八が手に傷を負い、刀もボロボロだったのに対して、近藤勇は最後まで無傷で、刀も刃こぼれ一つなかったそうです。

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新選組の一刀流で最強と思われる3人

我武者羅な 永倉新八

では、最強と思しき3人。まずは、永倉新八から。

剣術は、18歳で神道無念流の本目録を取得の腕前、その後、剣術修行の旅に出て、心形刀流の道場の師範代の経験もあります。最後に試衛館の食客になっていますから、天然理心流もかなりの腕前だったのでしょう。二番隊組長であることが、その強さを物語っていますね。

新選組で近藤体制が確立された絶頂期に、隊内での近藤勇のパワハラが問題になったことがあります。この時、非行五ヶ条を近藤に突き付けたグループの筆頭が永倉新八です。この訴えの中で永倉らは、「近藤を局長としては認めるが、我々は家臣ではなく、同士である」とキッパリ主張。それでも暗殺されなかったのは、永倉の強さに一目置いていたからだと思われます。

前述の池田屋事件での戦いぶりから分かるように、永倉は刀一つでどこへでも飛び込んで行ってボロボロになるまで戦う、我武者羅で豪胆な性格でした。それでも生き延びることができたのは、強いからに他なりません。

 

黙って人を斬る 斎藤一

斎藤一は、どうだったのでしょう?

彼は19歳の時に江戸で旗本を斬ってしまい逃亡。父親の友人がやっている京都の吉田道場に身を隠しましたが、そこで師範代を勤めるほどに腕を上げました。流派は不明です。新選組では三番隊組長を勤めました。

逃亡生活を経験しているからか寡黙な性格で、新選組内部ではスパイとか暗殺とか秘密裏に進める役割を担っていました。一説には、隊で最も多く人を斬ったと言われています。それなのにかすり傷ひとつ負っていないというのですから、凄いですね。

彼はこんな言葉を残しています。

「どうもこの真剣での斬り合いというものは、敵がこう斬りこんで来たら、それをこう払っておいて、そのすきにこう斬りこんで行くなどという事は出来るものではなく、夢中になって斬り合うのです」

実戦に無茶苦茶強そうな言葉です。

 

・熱血の天才剣士 沖田総司

沖田は天然理心流と北辰一刀流の免許皆伝。試衛館では若くして塾頭を勤めていました。指導中の沖田は荒っぽくてすぐに怒り、稽古は相当厳しかったようです。「刀で斬るな!体で斬れ!」と教えていたとのこと。ちょっと何言ってるか分かんないところが、彼の天才ぶりを物語っていますね。

新選組以外の人からの評価も残っています。新選組の支援者で天然理心流の門人だった小島鹿之助は「この人剣術は、晩年必ず名人に至るべき人なり」と言い、西本願寺の侍臣なのに尊王攘夷派で新選組と敵対していた西村兼文からは「近藤秘蔵の部下にして、局中第一等の剣客なり」と恐れられていました。

ということで、誰が最強かは難しいのですが、一人指名するとしたら、私は沖田総司にします

 

 

まとめ

[voice icon="https://rekisi-omosiroi.com/wp-content/uploads/2018/05/2018-05-27_21h45_18.png" name="万 利休" type="l"]今回のまとめだよ[/voice]

[voice icon="https://rekisi-omosiroi.com/wp-content/uploads/2018/05/1037518.jpg" name="天草 ゴロー" type="r"]新選組は色んな部門で凄腕がいたよね。[/voice]

[aside] 

  • 新選組には、剣以外のエキスパートも揃っている。
  • 砲術部門の最強は阿部十郎。
  • 槍術部門の最強は原田左之助。
  • 柔術部門の最強は松原忠司。
  • 二刀流部門の最強は服部武雄。
  • 副長の土方歳三は、正統な技術こそ身につかなかったが、実戦は滅法強かった。
  • 局長の近藤勇は沖田総司にはかなわないという証言もあるが、決して弱かったわけではない。
  • 甲乙つけ難い最強の三人は、永倉新八、斎藤一、沖田総司である。
  • 永倉新八は、我武者羅な闘い方をした。
  • 斎藤一はスパイとか暗殺の仕事を引き受け、隊で一番多く人を斬ったとも言われている。
  • 沖田総司の強さは、組内はもちろんのこと、新選組以外の人からも定評があった。
  • 以上のことから、筆者は沖田総司を最強と考える。

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いやぁ~、冒頭にも書きましたが、最強の一人を選ぶのは難しいですね。トップスリーは何となく決まっている感じがするので簡単なのですが。

新選組最強は自分の結論は沖田総司です。王道の選択かもしれませんが、やはり猛者たちみんなが沖田に一目置いていると言うのは、かなりの強さだからと言えます。

みなさんなら、誰を選びますか?

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